枕草子FANの意訳
「珍し」と言ふべき事には有らねど、文こそ、猶、めでたき物なれ。
「素晴らしい」と言う様な事ではないけれど、手紙はやはり「特別な物」ね。
遥かなる世界に有る人の、いみじく覚束無く、「如何ならむ」と思ふに、文を見れば、唯今、差し向かひたるに覚ゆる、いみじき事なりかし。
遠い世界に暮らす人を、とても覚束無く「どうしているだろう」と思っていても、手紙を見れば、今、目の前にいる様に思う、なんてことだろう。
我が思ふ事を、書き遣りつれば、彼処までも、行き着かざるらめど、心行く心地こそ、すれ。文と言ふ事、無からましかば、如何に、いぶせく、暮れ塞がる心地せまし。
胸のうちを書き綴れば、手紙があなたの所まで届かなかったとしても、心は届く、そんな気がするの。手紙というものが無かったら、どんなに、鬱々と、暮れ塞ぐ心地がしただろう。
万の事、思ひ思ひて、其の人の許へとて、細々と書きて置きつれば、覚束無さをも慰む心地するに、増して、返り事、見つれば、命を延ぶべかンめる。実に、理にや。
あらゆることを、思って思って、その人の許へと細々と書き綴って過ごせば、覚束無さをも慰められる様な、まして、返事の手紙を見ることが出来たなら、生き返る様。
本当に、これは確かなことだと思うわ。
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下の写真は枕草子・春曙抄(江戸時代に多く出回った海賊版と思われるもの)です。「珍しと言ふべき事」は九冊目の一番最後に掲載されています。
左ページの後ろから2行目が始まりです。