【枕草子・原文】第253段　世の中に、猶

世よの中なかに、猶なほ、いと心こころ憂うき物ものは、人ひとに、憎にくまれむ事ことこそ、有あるべけれ。誰たれてふ物もの狂ぐるひか、我われ、人ひとに、然さ、思おもはれむ、とは思おもはむ。然されど、自し然ぜんに、宮みや仕づかへ所どころにも、親おや、兄弟姉妹はらからの中にても、思おもはるる、思おもはれぬが、有あるぞ、いと侘わびしきや。良よき人ひとの御事ことは、更さらなり、下げ種すなどの程ほども、親おやなどの、愛かなしうする子こは、目め立たち、見み立たてられて、労いたはしうこそ覚おぼゆれ。見みる甲か斐ひ有あるは理ことわり、如い何かが思おもはざらむと覚おぼゆ。殊ことなる事こと無なきは、又また、此これを愛かなしと思おもふらむは、親おやなればぞかし、と哀あはれなり。親おやにも、君きみにも、全すべて、打うち語かたらふ人ひとにも、人ひとに思おもはれむばかり、めでたき事ことは有あらじ。