【枕草子・原文】第205段 いみじう暑き頃 ou 2年前 第205段いみじう暑あつき頃ころ、夕涼ゆふすずみと言いふ程ほどの、物ものの様さまなれど、おぼめかしきに、男をとこ車ぐるまの前さ駆き追おふは、言いふべき事ことにも有あらず、直ただの人ひとも、後しりの簾すだれ、上あげて、二人ふたりも、一人ひとりも乗のりて、走はしらせて行いくこそ、いと涼すずし気げなれ。増まして、琵び琶は、弾ひき鳴ならし、笛ふえの音ね、聞きここゆるは、過すぎて住いぬるも口くち惜をしく、然さ様やうなる程ほどに、牛うしの鞦しりがいの香の、怪あやしう、嗅かぎ知しらぬ様さまなれど、打うち嗅かがれたるが、をかしきこそ、物もの狂ぐるほしけれ。いと暗くらう、闇やみなるに、先さきに燈ともしたる松明まつの煙けぶりの香の、車くるまに掛かかれるも、いと、をかし。