【枕草子・原文】第99段　上の御局の

上うへの御局みつぼねの御簾みすの前まへにて、殿上人でんじやうびと、日ひ一日ひとひ、琴こと、笛ふえ吹ふき、遊あそび暮くらして、罷まかン出で別わかるる程ほど、未まだ、格子かうしを参まゐらぬに、大殿油おほとなぶらを差さし出いでたれば、戸との開あきたるが、露あらはなれば、琵琶びはの御琴ことを、縦ただ様ざまに、持もたせ給たまへり。紅くれなゐの御衣ぞの、言いふも世よの常つねなる、袿うちき、又また、張はりたるも、数多あまた、奉たてまつりて、いと黒くろく、艶つややかなる御琵琶びはに、御衣ぞの袖そでを打うち掛かけて、捉とらへさせ給たまへるめでたきに、側そばより、御額ひたひの程ほど、白しろく、けざやかにて、僅わづかに見みえさせ給たまへるは、喩たとふべき方かた無なく、めでたし。近ちかく居ゐ給たまへる人ひとに、差さし寄よりて、（清少納言）「半なかば隠かくしたりけむも、え斯かうは、有あらざりけむかし。其それは、直人ただうどにこそありけめ」と言いふを、聞ききて、心地ここちも無なきを、理り無なく、分わけ入いりて、啓けいすれば、笑わらはせ給たまひて、（中宮定子）「我われは、知しり^※99たりや」となむ仰おほせらるる、と伝つたふるも、をかし。