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【枕草子・原文】第182段 中宮に初めて参りたる頃

 中宮みやに、はじめてまゐたるころものの、ことかずらず、なみだべければ、よるよるまゐりて、さんじやく几帳みきちやううしろに、さぶらに、など、でて、させたまだにも、だすまじう理無わりなし。(中宮定子)「これは、り。かれは、り」などのたまはするに、たかつきまゐりたる大殿油おほとのあぶらなれば、かみすぢなども、却々なかなかひるよりは顕証けしようえて、羞明まばゆけれど、ねんじて、など、いとつめころなれば、させたまへる御の、わづかにゆるが、いみじうにほひたるうすこうばいなるは、かぎく、めでたしと、さとごこには、(清少)「如何いかがは、かるひとこそ御座おはましけれ」と、おどろるるまでまゐらする。
 あかつきには、(清少)「」など、いそるる。(中宮)「葛城かづらきかみも、しばし」など、おほらるるを、(清少)「如何いかで、筋違すぢかひても、御覧ごらん」とて、たれば、格子かうしも、まゐらず。女官にようくわんまゐて、「これはなたせたま」とふを、女房にょうぼうきて、はなつを、(中宮)「て」などおほらるれば、わらひて、かへものなど、はせたまのたまはするに、ひさしう、ぬれば、(中宮)「まほしうらむ。は、はや」とて、(中宮)「り、」とおほらるる
 膝行ゐざかへおそきと、はなたるに、ゆきいとをかし。(中宮)「今日けふは、ひるかたまゐれ。ゆきくもりて、あらはにもまじ」など、度々たびたびば、つぼねあるじも、「のみもりたまらむする。いと、きまで、まへゆるたるは、おぼやうこそおもふにたがふは、にくもの」と、ただいそがしに、だせば、われにも心地ここちすれば、まゐも、いとぞくる焼屋たきやうへに、みたるも、めづらしう、をかしまへちかくは、れいの、びつ事痛こちたおこして、れには、わざと、ひとも、ず。中宮みやは、ぢんの御をけの、なししたるに、かひて、します。上﨟じやうらふ、御まかなひしたまけるままに、ちかさぶらつぎに、ながびつに、く、たる人々ひとびとからぎぬたるほどなり。やすらかなるを、るも、うらやましく、御ふみぎ、さまなど、つつましならず、ものひ、わらふ。(清少)「やうに、じらひ」とおもふさへつつましき。おくりて、三人みたり四人よたりつどひて、などるも、り。
 しばりて、前駆さきたかう、こゑすれば、(女房)「殿とのまゐたまなり」とて、たるものども、りなどするに、おくに、りて、(清少)「さすがに、ゆかしきめり」と、几帳きちやうほころびより、わづかに、たり
 大納言殿だいなごんどのの、まゐたまなりけり。御直衣のおし指貫さしぬきの、むらさきいろゆきえて、をかしはしらもとに、たまて、(藤原伊周)「昨日きのふ今日けふ物忌ものいみにてはべど、ゆきの、いたく、りてはべば、おぼつかさに」などのたま。(中宮)「「みちし」とおもひけるに、」とぞ御いらへ、あンなる。わらたまて、(伊周)「「あはれ」ともらんずる、とて」などのたまありさまは、これよりは、なにごとらむ。(清少)「ものがたりに、いみじうくちまかせてたることども、たがはざめり」とおぼゆ。
 中宮みやは、しろき御どもに、くれなゐ唐綾からあやふたつ、しろ唐綾からあやと、たてまつたるぐしからせたまるなど、たるこそかることるに、うつつには、ゆめここぞする。
 女房にょうぼうと、物言ものいひ、たはぶれなど、たまふを、いらへ、いささか、づかしともおもたらず、こえかへし、そらごとなど、のたまかるを、あらがろんじなど、こゆるは、あやに、あさましきまで、あいなくおもてあか。御果物くだものまゐりなどて、まへにも、まゐたま
(伊周)「几帳きちよううしろなるは、たれ」と、たまなるべし。(女房)「ぞ」とまうすにこそちてするを、(清少)「ほかへに」とおもふに、いとちかう、たまて、ものなども、のたまだ、まゐざりときたまひけることなど、のたま。(伊周)「まことに、」などののたまふに、几帳きちょうへだてて、に、たてまつに、づかしかりつるを、いとあさましうむかかひ、こえたるここうつつともおぼず。ぎやうがうなどるに、くるまかたに、いささか、おこたまは、したすだれつくろひ、すきかげと、あふぎを、かくす。なほ、いと、こころながらも、おほけなく、(清少)「如何いかで、にしぞ」と、あせえて、いみじきに、なにごとをか、こえかしこかげと、ささげたるあふぎをさへ、たまるに、べきかみの、あやしささへおもふに、(清少)「すべて、まことに、しききてこそらめたま」などおもへど、あふぎを、まさぐりにして、(伊周)「は、が、たる」などのたまて、とみも、たまねば、そでてて、うつぶたるも、からぎぬに、しろものうつりて、まだらかし
 ひさしう、たまたりつるを、(中宮)「ろんう、くるしとおもらむ」とこころさせたまるに、(中宮)「これたまこれは、たるぞ」と、こえさせたまふを、(清少)「うれし」と、おもふに、(伊周)「たまて、はべ」とまうたまば、(中宮)「なほへ」とのたますれば、(伊周)「ひとらへて、はべなり」とのた。いと、いまめかしう、ほどとしにははず、かたはらいたし。ひとさうたるさうでて、らんず。(伊周)「たれがにか、かれに、せさせたまひとは、りてはべ」と、あやしきことどもを、ただいらへさせと、のたまふ。
 一所ひとところだにるに、またはせて、おな直衣のうしひとまゐらせたまて、これは、いますこはなやぎ、猿楽言さるがうごとなど、め、わらきようじ、われも、「なにがしが、とことかること」など、殿でんじやうびとうへなど、まうすをけば、(清少)「なほ、いと、へんものてんにんなどの、たるに」とおぼえてを、さぶられ、ごろぐれば、いとしもわざにこそ、けれひとびとも、いへうちめけむほどは、こそは、おぼけめど、く、くに、おのづから、おもべし。
 ものなど、おほせられて、(中宮)「われをば、おも」と、はせたま。御いらへに、(清少)「にかは」とけいするに、はせて、だいばんどころかたに、はなを、たかたれば、(中宮)「あな、心憂こころう空言そらごとするなりけり。よしよし」とて、らせたま。(清少)「でか、そらごとにはろしうだにおもこえさすべきことは。はなこそは、空言そらごとしけれ」とおぼ。(清少)「ても、たれか、にくわざらむ」と、(清少)「大方おほかた心付こころづきし」とおぼれば、(清少)「をりも、し、ひしぎ、かへしてるを、して、にくし」とおもへど、だ、初々うひうひければ、ともかくも、けいなほさで、ぬれば、りたるすなはち、あさみどりなるうすやうに、えんなるふみたりれば、
  (女房)「(中宮)如何いかにして如何いかましいつはりをそらただすかみかりせば
なむ、御景色けしきは」とるに、めでたうも、くちしくも、おもみだるるに、なほひとたづまほしき
  (清少)「うすきこそれにもらぬはなゆゑほどわびびしき
なほこればかりは、けいなほさせたまへ。しきかみも、おのづから、いとかしこ」とて、まゐせてのちも、(清少)「うたてをりしも、どて、はたけむ」、いと、をかし。

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