【枕草子・原文】第77段 懸想人にて来たるは

【第77段】
懸想人けさうびとにて、来きたるは、言いふべきにも有あらず、唯ただ、打うち語かたらひ、又また、然さしも有あらねど、自おのづから、来きなど、する人ひとの、簾すの中うちにて、数多あまた、人々ひとびと、居いて、物ものなど言いふに、入いりて、頓とみに、帰かへり気げも無なきを、供ともなる男をのこ・童わらはなど、「斧をのの柄えも、朽くちぬべきな^ンめり」と、難むつかしければ、長ながやかに、打うち詠ながめて、密みそかにと思おもひて、言いふらめども、(供)「あな、侘わびし。煩悩ぼんなう・苦悩くなうかな。今いまは、夜中よなかには、成なりぬらむ」など言いひたる、いみじう、心付無こころづきなく、彼かの、言いふ者ものは、とかくも覚おぼへず、此この、居いたる人ひとこそ、をかしう、見み聞ききつる事ことも、失うする様やうに覚おぼゆれ。
又また、然さは、色いろに出いでては、え言いはず有あると、高たかやかに、打うち言ゐひ、呻うめきたるも、「下した行ゆく水みづの」と、いと、をかし。立蔀たてじとみ・透垣すいがいの許もとにて、(供)「雨あめ、降ふりぬべし」など、聞きこへたるも、いと憎にくし。良よき人ひと、公達きんだちなどの供ともなるこそ、然さ様やうには有あらね。直人ただひとなど、然さぞある。数多あまた、有あらん中にも、心延こころばへ、見みてぞ、率ゐて歩ありくべき。

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