【第71段】
草の花は、
撫子、唐のは、更なり。大和のも、いと、めでたし。女郎花。桔梗。菊の、所々、移ろひたる。刈萱。龍胆は、枝差しなども、難し気なれど、異花、皆、霜枯れ果てたるに、いと、華やかなる色合ひにて、差し出でたる、いと、をかし。態と、取り立てて、人めかすべきにも有らぬ様なれど、雁来紅の花、労た気なり。名ぞ、うたて気なる。雁の来る花と、文字には書きたる。
かにひの花、色は濃からねど、藤の花に、いと良く似て、春と秋と咲く、をかし気なり。壺菫・菫、同じ様の物ぞかし。老いていけば、押しなど、憂し。下野の花。
夕顔は、朝顔に似て、言ひ続けたるも、をかしかりぬべき花の姿にて、憎き実の有様こそ、いと口惜しけれ。何て、然、将、生ひ出でけむ。酸漿など言ふ物の様にだに、有れかし。然れど、猶、夕顔と言ふ名ばかりは、をかし。
葦の花、更に、見所無けれど、「御幣」など言はれたる、心延へ有らむと思ふに、徒ならず。文字も、薄には劣らねど、水の面にて、をかしうこそ有らめ、と覚ゆ。「此に、薄を入れぬ、いと怪し」と、人、言ふめり。秋の野の押し並べたるをかしさは、薄にこそ有れ。穂先の、蘇枋いん、いと濃きが、朝霧に濡れて、打ち靡きたるは、然ばかりの物やは有る。秋の果てぞ、いと見所無き。色々に、乱れ咲きたりし花の、形も無く、散りたる後、冬の末まで、頭、いと白く、おほどれたるをも知らで、昔思ひ出で顔に、靡きて、かひろぎ立てる人にこそ、いみじう似たンめれ。比ふる事有りて、其れをしもこそ、哀れとも思ふべけれ。
萩は、いと色深く、枝、嫋やかに咲きたるが、朝露に濡れて、なよなよと、広ごり臥したる、小牡鹿の、分きて、立ち慣らすらむも、心殊なり。唐葵は、取り分きて、見えねど、陽の光に従ひて、傾くらむぞ、並べての草木の心とも覚えで、をかしき。花の色は濃からねど、咲く山吹には。岩躑躅も、殊なる事無けれど、「折りもてぞ見る」と詠まれたる、さすがに、をかし。薔薇は、近くて、枝の様などは、難かしけれど、をかし。雨など、晴れ行きたる水の面、黒木の階などの面、乱れ咲きたる夕映。