女房の、参り、罷出でするには、車を借る折も有るに、心粧ひしたる顔に、打ち言ひて、貸したるに、牛飼童の、例の牛よりも下様に、打ち言ひて、甚う、走り打つも、「あな、うたて」と覚ゆかし。男どもなどの、物難かし気なる気色にて、「如何で、夜更けぬ前に、追ひて、帰りなむ」と言ふは、猶、主の心、推し量られて、頓の事なりと、又、言ひ触れむとも覚ゑず。業遠の、朝臣の車のみや、夜中、暁、分かず、人の乗るに、些か、然る事、無かりけむ、良くぞ、教へ習はせたりしか。道に、遇ひたりける女車の、深き所に、落とし入れて、え引き上げで、牛飼の腹立ちければ、我が従者して、打たせさへ、しければ、増して、心のままに、戒め置きたるに、見えたり。