【第255段】
万の事よりも、情け有る事は、男は、更なり、女もこそ、めでたく覚ゆれ。無気の言葉なれど、切に、心に深く入らねど、いとほしき事を「いとほし」とも、哀れなるをば「実に、如何に思ふらむ」など言ひけるを、伝へて聞きたるは、差し向かいて、言ふよりも、嬉し。「如何で、此の人に思ひ知りけり」とも、見えにしがなと、常にこそ覚ゆれ。必ず、思ふべき人、訪ふべき人は、然るべき事なれば、取り分かれしも、せず。然も有るまじき人の、差し答へをも、心安く、したるは、嬉しき業なり。いと易き事なれど、更に、え有らぬ事ぞかし。大方、心良き人の、真に、一方無からぬは、男も、女も、有り難き事なンめり。又、然る人も、多かるべし。