【枕草子・原文】第50段＜虫は＞

【第50段】　
虫むしは、
鈴虫すずむし。松虫まつむし。機織はたおり。蟋蟀きりぎりす。蝶てふ。割殻われから。蜉蝣ひをむし。蛍ほたる。蓑虫みのむし、いと、哀あはれなり。鬼おにの生うみければ、親おやに似にて、此これも、恐おそろしき心地ここちぞ有あらむとて、親おやの、悪あしき衣きぬ、引ひき着きせて、（親）「今いま、秋あき風かぜ、吹ふかむ折をりにぞ来こむずる。待まてよ」と言いひて、逃にげて往いにけるも知しらず、風かぜの音おと、聞きき知しりて、八は月づきばかりに成なれば、（蓑虫みのむし）「ちちよ、ちちよ」と、儚はかなげに鳴なく。いみじく、哀あはれなり。
蜩ひぐらし。叩頭虫ぬかづきむし、又また、哀あはれなり。然さる心こころに、道だう心しん、起おこして、叩つき歩ありくらむ。又また、思おもひ掛かけず、暗くらき所ところなどに、ほとめきたる、聞きき付つけたるこそ、をかしけれ。
蠅はへこそ、憎にくき物ものの中なかに、入いれつべけれ。愛あい敬ぎやう無なく、憎にくき物ものは、人々ひとびとしう、書かき出いづべき物ものの様やうに有あらねど、万よろつの物ものに居ゐ、顔かほなどに、濡むれたる足あして、居ゐたるなどよ。人ひとの名なに付つきたるは、必かならず、難かたし。
夏虫なつむし、いと、をかしく、廊らうの上うへ、飛とび歩ありく、いと、をかし。蟻ありは、憎にくけれど、軽かろび、いみじうて、水みづの上うへなどを、唯ただ歩あゆみ、歩ありくこそ、をかしけれ。

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