七月ばかり、いみじく暑ければ、万の所、開けながら、夜も明かすに、月の頃は、寝起きて、見出だすも、いと、をかし。闇も、又、をかし。有明、はた、言ふも愚かなり。いと艶やかなる板の、端近う、鮮やかなる畳、一枚、仮初に、打ち敷きて、三尺の几帳、奥の方に押し遣りたるぞ、味気無き。端にこそ、立つべけれ、奥の、ろめたからむよ。人は、出でにけるなるべし。薄色の、裏、いと濃くて、表は、少し、返りたるならずは、濃き綾の、艶やかなるが、甚くは萎えぬを、頭籠めて、引き着てぞ、寝たンめる。香染の、単衣、紅の濃やかなる生絹の袴の、腰、いと長く、衣の下より引かれたるも、未だ、解けながらなンめり。側の方に、髪の、打ち立て、な折りて、揺ららかなる程、長さ、推し量られたるに。又、何処よりにか有らむ、朝朗けの、いみじう霧り満ちたるに、二藍の指貫、有るか無きかの香染の狩衣、白き生絹、紅の、いと艶やかなる打衣の、霧に甚く湿りたるを、脱ぎ垂れて、鬚の、少し、膨だみたれば、烏帽子の、押し入れられたる気色も、しどけなく見ゆ。(男)「朝顔の露、落ちぬ前に、文書かむ」とて、道の程も、心許無く、(男)「麻生の下草」など、口誦さびて、我が方へ行くに、格子の上がりたれば、御簾の側を、些か、開けて見るに、起きて往ぬらむ人も、をかし。露を、哀れと思ふにや。暫し、見たれば、枕上の方に、朴に、紫の紙も、張りたる扇、広ごりながら有り。陸奥国紙の畳紙の、細やかなるが、花か、紅か、少し、匂ひ移りたるも、几帳の許に、散り這ひたる。
人の気配、有れば、衣の中より見るに、打ち笑みて、長押に押し掛かり居たれば、恥ぢなどする人には有らねど、打ち解くべき心延へにも有らぬに、妬うも見えぬかな、と思ふ。(男)「こよなき名残の御朝寝かな」とて、簾の中に、半らばかり、入りたれば、(女)「露より先なる人の、もどかしさに」と答ふ。をかしき事、取り立てて、書くべきに有らねど、斯く言ひ交はす気色ども、憎からず。枕上なる扇を、我が持ちたる、して、及びて、掻き寄するが、余り近う、寄り来るにやと、心悸せられて、今少し、引き入らるる。取りて、見などして、(男)「疎く思したる事」など、打ち掠め、恨みなどするに、明かう成りて、人の声々し、陽も、差し出でぬべし。霧の絶え間、見えぬ程にと、急ぎつる文も、弛みぬるこそ、後ろめたけれ。出でぬる人も、何時の程にかと見えて、萩の、露ながら、有るに、付けて有れど、え差し出でず。香の香、いみじう染めたる匂ひ、いと、をかし。余り、はしたなき程に成れば、立ち出でて、(男)「我が来つる所も、斯くや」と、思ひ遣らるるも、をかしかりぬべし。