清少納言の言葉『枕草子』が放つ“音と香り”を楽しめる個所を抜粋。
簡素な意訳を付けてみました。
清少納言が聞いた『音』
第七十五段「忍びたる所」
第七十六段「思う人と、埋もれ臥して、聞く」
第百十八段「常よりも異に、聞こゆる物」
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第七十五段
「忍びたる所」で鳴く烏の声。
忍びたる所にては、夏こそ、をかしけれ。いみじう短き夜の、いと、儚く明けぬるに、つゆ、寝ず、成りぬ。やがて、万の所、明けながらなれば、涼しう、見渡されたり。猶、今少し、言ふべき事の有れば、互みに、答へども、する程に、直、居たる前より、烏の、高く鳴きて行くこそ、いと、顕証なる心地して、をかしけれ。
意訳
恋人と過ごす場所では、夏がいい。とても短い夜は、あっという間に明けてしまうから、寝ていない、そんな夜。やがて、どこもかしこも開けて明ける朝は、涼しく、見渡される。夜が明けても、今少し、話をしたり、そんな時に、目の前を烏が大きな声で鳴きながら飛んでいくなんて、とても、見られていた様な気もして、面白い。
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第七十六段
「思う人と、埋もれ臥して、聞く」音。
冬の、いみじく寒きに、思ふ人と、埋もれ臥して、聞くに、鐘の音の、唯、物の底なる様に聞こゆるも、をかし。鳥の声も、始めは、羽の中に、口を籠めながら鳴けは、いみじう物深く、遠きが、次々に成るままに、近く聞こゆるも、をかし。
意訳
冬の寒い日に、恋人と夜着に埋もれて聞く音。
鐘の音、鳥の声がおもしろい。
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第百十八段
「常よりも異に、聞こゆる物」
常よりも異に、聞こゆる物、元三の、車の音、鳥の声。暁の咳、物の音は、更なり。
意訳
いつもと違って聞こえるもの。
元旦の、牛車の音
元旦の、鳥の声
明け方の咳
明け方の楽器の音
清少納言に届いた『香り』
第五十一段「七月」
第二百五段「いみじう暑き頃」
第二百六段「五日の菖蒲」
第二百七段「良く炷き染めたる薫物」
第二百四段「五月ばかり、山里」
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第五十一段
「七月」の香り
七月ばかりに、風の、甚う吹き、雨などの、騒がしき日、大方、いと、涼しければ、扇も、打ち忘れたるに、汗の香、少し、香へたる衣の、薄き、引き被きて、昼寝したるこそ、をかしけれ。
意訳
七月、台風でしょうか騒がしい日は、涼しくて、汗の匂いが少しする様な薄い衣を、引いて来て被って昼寝をするのも、なんだかいい。
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第二百五段
「いみじう暑き頃」の香り
いみじう暑き頃、夕涼みと言ふ程の、物の様なれど、おぼめかしきに、男車の前駆追ふは、言ふべき事にも有らず、直の人も、後の簾、上げて、二人も、一人も乗りて、走らせて行くこそ、いと涼し気なれ。増して、琵琶、弾き鳴らし、笛の音、聞こゆるは、過ぎて住ぬるも口惜しく、然様なる程に、牛の鞦の香の、怪しう、嗅ぎ知らぬ様なれど、打ち嗅がれたるが、をかしきこそ、物狂ほしけれ。いと暗う、闇なるに、先に燈したる松明の煙の香の、車に掛かれるも、いと、をかし。
意訳
夕涼みというのか、あたりがはっきりしない夕暮れに、男性の乗った牛車が先払いをして走って行くのはもちろん、そうでなくても、後ろの簾を上げて二人か一人か乗せて走らせていくのは、とても涼し気。琵琶や笛の音が聞こえたりしたら、行ってしまうのが惜しくて・・・、と、この様な中で、牛の尻に掛けてある革紐の匂いがして、知らない匂いを嗅いだせいか、なんとも言えない、どきどきしてしまう。すっかり暗く、闇になって、燈した松明の煙の香りが、牛車に掛かるのも、なんとも言えない。
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第二百六段
「五日の菖蒲」の香り
五日の菖蒲の、秋、冬、過ぐるまで有るが、いみじう白み枯れて、
怪しきを、引き折り、上げたるに、其の折りの香、残りて、香かへたるも、
いみじう、をかし。
意訳
端午の節句に飾った菖蒲が、まだ残っていて、すっかり枯れていていたので、引き折り上げたら、香りがする、香りを残していたとは、感慨深い。
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第二百七段
「良く炷き染めたる薫物」の香り
良く炷き染めたる薫物の、昨日、一昨日、今日などは、打ち忘れたるに、衣を、引き被きたる中に、煙の残りたるは、今のよりも、めでたし。
意訳
いつ炷き染めたのか忘れていた着物から薫る煙は、今炷き染めたものより、薫りが良い。
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第二百四段
「五月ばかり、山里」の香り
五月ばかり、山里に歩く、いみじく、をかし。沢水も、実に、唯、いと青く見え渡るに、上は、つれなく、草、生ひ繁りたるを、長々と、直様に行けば、下は、えならざりける水の、深う有らねど、人の歩むに付けて、迸り、上げたる、いと、をかし。
左右に有る垣の、枝などの掛かりて、車の屋形に入るも、急ぎて、捕らへて、折らむと思ふに、ふと、外れて、過ぎぬるも、口惜し。蓬の、車に押し拉がれたるが、輪の、舞ひ立ちたるに、近う、香かへたる香も、いと、をかし。
意訳
五月に山里を行くのは、とてもたのしい。草の生い繁る中を行けば、下にある水を跳ね上げたり、牛車の屋形に入って来る枝などを捕えようとしてみたり。牛車に押されて倒れたヨモギが、車輪で舞い上がって、近くで立つ香りも、なんだか楽しい。