【枕草子・原文と意訳】枕草子を書き進めている最中の想い第144段。書き終える第325段、「恥ずかしき物」第127段を合わせて読む。

清少納言の、枕草子を書き進めている最中の想いが書かれている第144段。

書き終える第325段は、清少納言から読者へ、最後に贈られた問題提起、人への愛と読むのも面白い。

第325段に書かれる「恥ずかしき」。第127段は「恥ずかしき」がどの様な感情を指しているかを、様々な具体例で起こさせ見せていく。

第144段

意訳
火葬の際に使われる箸で、人に忌嫌われ、使い道の無い物としての喩えでもある「後火の火箸」・・・。

「後火の火箸」と言う事、この世から無くならないならば、知っていたらいい。

意訳
実に、書き出して、人が、見なければならない事では無いけれど、この草子を見たらいい物と、思わなくもないから、この世に有る事、怪しき事をも、憎き事をも、唯、思いつく限りを、書くのだと、こうしているのです。

第325段

第325段

物暗ものくらう成りて、文字もじも、書かれず成りたり。筆ふでも、使い果てて、此これを、書き果てばや。
✐

此この草子さうしは、目に見え、心に思ふ事おもを、「人ひとやは見みむずる」と思おもひて、徒然つれづれなる里居さとゐの程ほどに、書かき集あつめたるを、あいなく、人ひとの為ため、便無びんなき言いい過すぐしなど、しつべき所々ところどころも有あれば「清きよう、隠かくしたり」と思おもふを、涙なみだ、塞せき敢あへずこそ、成りにけれ。
※「や」抜けていました。直下の訳にも（　）加えています。

意訳
この草子は、見える事、思う事を、「人は見るだろうか（ら）」と、徒然の里さがりの間に、書き集めたのを、どうにも、人がゆえ、言い過ぎなども所々にあれば「きれいにして」と思ってみても、涙、止めも出来ない状況。

中宮みやの御前おまへに、内うちの大臣おとどの奉たてまつり給たまへりけるを、「此これに、何なにを書かかまし。主上うえの御前おまへには、『史記しき』と言いふ書ふみを、書かかせ給たまへる」など宣のたまはせしを、「枕まくらにこそは、し侍はべらめ」と申まうししかば、「然さは、得えよ」とて、賜たまはせたりしを、怪あやしきを、此こよや何なにやと、尽つきせず多おほかる紙かみの数かずを、書かき尽つくさむとせしに、いと、物覚ものおぼえぬ事ことぞ、多おおかるや。
✐

意訳
中宮様が「これには何をかきましょうか。天皇様の所では『史記』という書を書かせるそうなの」と仰られた際、「わたしなら枕にこそはいたしましょうが」と申したところ、「ならば、得よ」と・・・、頂いてみると、驚くほどの紙の量、書き尽くそうと取り組んでみれば、なんと、知らない事、知識不足も多かったこと、か。

大方おおかた、此これは、世よの中なかに、をかしき事ことを、めでたしなど思おもふべき事こと、猶なほ、選えり出いでて、歌うたなどをも、木き・草くさ・鳥とり・虫むしをも、言いひ出いだしたらばこそ、「思おもふ程ほどよりは、悪わろし。心見こころみえなり」ともそしられめ。ただ、心一こころひとつに、自おのづから、思う事ことを戯たわぶれに、書き付けたれば、「物ものに立たち交まじり、人並ひとなみ並なみなるべき耳みみをも、聞きくべき物ものかは」と思おもひしに、「恥はづかしき」なども、見みる人ひとは、宣のたまふなれば、いと怪あやしくぞあるや。実げに、其それも、理ことわり、人ひとの憎にくむをも、「良よし」と言いひ、誉ほむるをも、「悪あし」と言いふは、心の程ほどこそ推おし量はからるれ。唯ただ、人ひとに見みえけむぞ、妬ねたきや。

意訳

大方、この草子は、世の中に、趣深いものをと、祝いたくなる様な事、さらに、よくよく選び出した歌などや、木・草・鳥・虫をも言い出したからこそ「思う程よりは、悪い。もっと良いまとめ方もあるのでは」とも謗られる、か。

ただ、ともかく私としては、思う事を思うままに書いてみてと、すると「物に混じり、誰も彼も皆の耳をも持って、聞くべきなのではないか」と思えて「恥ずかしき・見たくない様な目を逸らしたい様なもの」なども・・・、見る人は、言うなれば、凄く怪しいもの、か。

それも道理、人の憎む様な事を「良し」、誉めるを「悪し」と言うのだから、心の程は推し量れるでしょ。

唯、この草子「人そのもの」に見える、それこそが、妬ましい、か。

第127段

第127段
恥はづかしき物もの、

意訳

見たくない様な目を逸らしたい様なもの

男をとこの心こころの中なか。寝い聡ざとき、夜居よゐの僧そう。密みそか盗ぬす人ひとの、然さるべき隅くまに隠かくれ居ゐて、如い何かに見みるらむを、誰たれかは知しらむ。懐ふところに、物もの、引ひき入いるる人ひとも、有あるらむかし。其それは、同おなじ心こころに、をかしとや思おもうらむ。
夜居よゐの僧そうは、いと恥はづかしき者ものなり。若わかき人ひとの集あつまりては、人ひとの上うへを、言いひ笑わらひ、謗そしり憎にくみもするを、熱つく々づくと、聞きき集あつむる心こころの中なかも、恥はづかし。「あな、うたて、囂かしがまし」など、御お前まへ近ちかき人々ひとびとの、物もの、気色けしきばみ言いふを、聞きき入いれず、言いひ言いひての果はては、打うち解とけて寝ねぬる後のちも、恥はづかし。
男をとこは、「うたて、思おもふ様さまならず、もどかしう、心付無こことづきなき事こと、有あり」と見みれど、差さし向むかひたる人ひとを、賺すかし頼たのむるこそ、恥はづかしけれ。増まして、情なさけ有あり、好このましき人ひとに、知しられたるなどは、疎おろかなりと思おもふべくも、持もて成なさずかし。心こころの中なかにのみも有あらず。又また、皆みな、此これが事ことは、彼かれに語かたり、彼かれが事ことは、此これに言いひ聞きかすべか^ンめるを、（男）「我わがが事ことをば知しらで、斯かく語かたるをば、（女）「こよなきな^ンめり」と、思おもひやすらむ」と思おもふこそ、恥はづかしけれ。（女）「いで、あはれ、又また、会あはじ」と思おもふ人ひとに会あへば、（男）「心こころも、無なき者ものな^ンめり」と見みえて、恥はづかしくも有あらぬ物ものぞかし。
いみじく哀あはれに、心こころ苦くるし気げに、見み捨すて難がたき事ことなどを、些いささか、何なに事ごととも思おもはぬも、(清少納言）「如い何かなる心こころぞ」とこそ、あさましけれ。さすがに、人ひとの上うへをば避も難どき、物ものを、いと良よく言いふよ。殊ことに、頼たのもしき人ひとも無なき宮みや仕づかへの人ひとなどを語かたらひて、従ただにも有あらず、成なりたる有あり様さまなどをも、知しらで、止やみぬるよ。