【枕草子・原文】第320段　女房の参り罷出でする

女房にようぼうの、参まゐり、罷出まかンでするには、車くるまを借かる折をりも有あるに、心こころ粧よそひしたる顔かほに、打うち言いひて、貸かしたるに、牛うし飼かひ童わらはの、例れいの牛うしよりも下しも様ざまに、打うち言いひて、甚いたう、走はしり打うつも、「あな、うたて」と覚おぼゆかし。男をとこどもなどの、物もの難むつかし気げなる気け色しきにて、「如い何かで、夜よ更ふけぬ前さきに、追おひて、帰かへりなむ」と言いふは、猶なほ、主しゆうの心こころ、推おし量はかられて、頓とみの事ことなりと、又また、言いひ触ふれむとも覚おぼゑず。業なり遠とほの、朝あ臣そんの車くるまのみや、夜よ中なか、暁あかつき、分わかず、人ひとの乗のるに、些いささか、然さる事こと、無なかりけむ、良よくぞ、教をしへ習ならはせたりしか。道みちに、遇あひたりける女をんな車ぐるまの、深ふかき所ところに、落おとし入いれて、え引ひき上あげで、牛うし飼かひの腹はら立だちければ、我わが従ず者さして、打うたせさへ、しければ、増まして、心こころのままに、戒いましめ置おきたるに、見みえたり。

《ご案内》『枕草子・目次』のページはこちら！！