枕草子「五月ばかりに月も無く」/原文・意訳

枕草子・訳③

五月の、月も無い暗い夜。「女房は、りますか」という大きなこえに、中宮定子様が「見て来なさい。とつぜん来たのはだれかしら」とおおせられた。(清少納言)「誰かしら。大きな声など出しているのは」と出て見ると、物も言はずに、すだれを持ち上げて、そよろと差し入れられたのは呉竹の枝。(清)「おい、此の君にこそ」と言ったのを聞いて「これは、殿上にっておしえなければ」と、中将などものたちて行ってしまった。

頭の弁(藤原行成)はのこっていて「全くなんて帰り方をするひとたちだ」「天皇様の所の竹を折って、題にしてうたもうとして居たところ、中将などが『中宮様の所へ行って、女房などを呼びあつめては』と言うから来たものを、呉竹の名を、すぐさま、言われて、出て行くなんて、それこそしい」「誰が、こんな、つうは知らない様な事を、言うのです」と言うので、(清)「此の君が竹の名だなんて、知らないというのに。勘違いじゃないかしら」と言えば、(行成)「本当にか。とても知らないとは」などと言う。

あれこれ話などして居ると、中将たちが「此の君と称す」といううたみながら、又、もどあつまって来たのを見て、(行成)「殿上に戻っても、言えるなにものもないのでは、帰りにくいのだろ。それこそ怪しいしな」と声を掛けると、(中将)「それには、何とこたえたらいいか」「しかしまったく、なかなかのものでしたね」「殿上で話題にすれば、天皇様も面白く思って下さる」と語る。みなが、返す返す同じことを言ったりと、あまりにもっているものだから、しきひとたちも出て来て見る。それぞれに、あれこれ言いわしながらかえってはったのだけど、その声は左衛門の陣に入るまで聞こえる程のものだった。

翌朝よくあさはやくに、ある女官にょかんが、ふみとどけに行ったさいに、このこともうつたえた。すると、定子様はみなめて「このようなことはあったのか」とおきになったので(清)「りません。なにとも思わずに、言ったものを、成行の朝臣が、取り成してくださっただけかと」と言うと、定子様は「取り成すと言っても」と、とてもよろこばしいといったふうがおを見せてくださった。定子様はだれの事であっても「うえかたたちが、めていましたよ」とお声を掛けて下さるなどして、この様に言われる人を大切に扱う、これも流石と思わずにはいられない。

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