【第258段】
嬉しき物、
未だ見ぬ物語の、多かる。又、一つを見て、いみじう懐しう覚ゆる物語の、二つ、見付けたる。心劣りする様も、有りしか。
人の、破り捨てたる文を、見るに、同じ続き、数多、見付けたる。
「如何ならむ」と、夢を見て、「恐ろし」と、胸潰るるに、事にも有らず、合はせなど、したる、いと嬉し。
良き人の御前に、人々、数多、候ふ折に、昔、有りける事にも有れ、今、聞こし召し、世に言ひける事にも有れ、語らせ給ふ、我に御覧じ合はせて、宣はせ、言ひ聞かせ給へる、いと嬉し。
遠き所は、更なり、同じ都の中ながら、身に、止事無く思ふ人の、悩むを、聞きて、「如何に、如何に」と、覚束無く嘆くに、怠りたる消息、得たるも、嬉し。
思ふ人の、人にも誉められ、止事無き人などの、口惜しからぬ者に、思し、宣ふ。
物の折、若しは、人と、言ひ交はしたる歌の、聞こえて、誉められ、打聞などに、誉めらるる。自らの上には、未だ知らぬ事なれど、猶、思ひ遣らるるよ。
甚う、打ち解けたらぬ人の言ひたるに、古き事の、知らぬを、聞き出でたるも、嬉し。後に、書物の中などにて、見付けたるは、をかしう、「唯、此にこそ有りけれ」と、彼の言ひたりし人ぞ、をかしき。
陸奥国紙、白き色紙、直のも、白う、清きは、得たるも、嬉し。
恥づかしき人の、歌の上句・下句、問ひたるに、ふと、覚えたる、我ながら、嬉し。常には覚ゆる事も、又、人の問ふには、清く忘れて、止みぬる折ぞ、多かる。
頓に、物、求むるに、見出でたる。唯今、見るべき書などを、求め失ひて、万の物を、返す返す、見たるに、探し出でたる、いと嬉し。
物合、何くれと、挑む事に、勝ちたる、如何でか、嬉しからざらむ。又、いみじう、「我は」と思ひて、したり顔なる人、謀り得たる、女同士よりも、男は、増さりて、嬉し。「此が党は、必ず、せむずらむ」と、常に、心遣ひせらるるも、をかしきに、いと、つれなく、何とも思ひたらむ様にて、弛め過ごすも、をかし。
憎き者の、悪しき目、見るも、「罪は、得らむ」と思ひながら、嬉し。
挿櫛、結ばせて、をかし気なるも、又、嬉し。思ふ人は、我が身よりも、増さりて、嬉し。
御前に、人々、所も無く、居たるに、今、上りたれば、少し、遠き柱許などに居たるを、御覧じ付けて、「此方、来」と仰せられたれば、道開けて、近く、召し入れたるこそ、嬉しけれ。