【枕草子・原文】第68段　草は、

草くさは、菖蒲さうぶ。菰こも。葵あふひ、いと、をかし。祭まつりの折をり、神かみ代よよりして、然さる髪押かざしと成なりけむ、いみじうめでたし。物ものの様さまも、いと、をかし。面おも高だかも、名なの、をかしきなり。心こころ上あがりしけむと思おもふに。三陵草みくり。蛇床子ひるむしろ。苔こけ。こだに。雪ゆき間まの青あお草くさ。酢漿かたばみ、綾あやの紋もんにても、異こと物ものよりは、をかし。あやふ草くさは、岸きしの額ひたひに生おふらむも、実げに、頼たのもし気げ無なく、哀あはれなり。いつまで草ぐさは、生おふる所ところ、いと、儚はかなく、哀あはれなり。岸きしの額ひたひよりも、此これは、崩くづれ易やす気げなり。真まことの石いし灰ばいなどには、え生おひずや有あらむと思おもふぞ、悪わろき。事ことなし草ぐさは、思おもふ事こと無なきにや有あらむと思おもふも、をかし。又また、悪あしき事ことを失うしなふにやと、何いづれれも、をかし。
忍草しのぶぐさ、いと哀あはれなり。屋やの端つま、差さし出いでたる物ものの端つまなどに、強あながちに、生おひ出いでたる様さま、いと、をかし。蓬よもぎ、いと、をかし。芽花つばな、いと、をかし。濱はま茅ぢの葉はは、増まして、をかし。丸小菅まろこすげ。浮うき草くさ。浅あさ芽ぢ。青あを葛つづら。木賊とくさと言いふ物ものは、風かぜに吹ふかれたらむ音おとこそ、如何いかならむと思おもひやられて、をかしけれ。薺なずな。ならしば、いとをかし。蓮はすの浮うき葉ばの、労らうた気げにて、長閑のどかに澄すめる池いけの面おもてに、大おほきなると、小ちひさきと、広ひろごり、漂ただよひて歩ありく、いと、をかし。取とり上あげて、物もの、押おしつけなどして見みるも、世よに、いみじう、をかし。八や重へ葎むぐら。山菅やますげ。山藺やまゐ。蘿ひかげ。浜木綿はまゆふ。葦あし。葛くずの、風かぜに吹ふき返かへされて、裏うらの、いと白しろく見みゆる、をかし。

《ご案内》『枕草子・目次』のページはこちら！！