【枕草子・原文】第178段　宮仕へ人の里

宮仕みやづかへ人びとの里さとなども、親おやなど二人ふたり有あるは、良よし。人ひと繁しげく、出で入いり、奥おくの方かたに、数あま多た、様さま々ざまの声こゑ、多おほく聞きこえ、馬むまの音おとして、騒さわがしきまで有あれど、悲かなし。然されど、忍しのびても、あらはれても、自おのづから「出いで給たまひけるを、知しらで」とも、「又また、何い時つか、参まゐり給たまふ」なども言いひに、差さし覗のぞく。心こころ掛かけたる人ひとは、「如何いかがは」と、門かど開あけなどするを、うたて、騒さわがしう、危あやふ気げに、（家の人）「夜よ中なかまで」など、思おもひたる気け色しき、いと憎にくし。（家の人）「大おほ御み門かどは、鎖さしつや」など問とはすれば、（門番）「未まだ、人ひとの御お座はすれば」など、生なま防ふせがし気げに思おもひて、答いらふるに、（家の人）「人ひと、出いでで給たまひなば、疾とく鎖させ。此この頃ごろは、盗ぬす人びと、いと多おほかり」など言いひたる。いと、難むつかしう、打うち聞きくだに有あり。此この人ひとの、供ともなる者ものども（家の人）「此この客かく、今いまや出いづる」と絶たえず、差さし覗のぞきて、気け色しき見みる者ものどもを、笑わらふべか^ンめり。真ま似ね打うちするも、聞ききては、如い何かに、いとど厳きびしう、言いひ咎とがめむ。いと色いろに出でて言いはぬも、思おもふ心こころ無なき人ひとは、必かならず、来きなどやする。然されど、健すくよかなる方かたは「夜よ、更ふけぬ。御み門かども、危あやふか^ンなる」と言いひて寝ぬる（往いぬる）も有あり。
真まことに志こころざし、異ことなる人ひとは（家の人）「早はや」など、数あま多た度たび、遣やらるれど、猶なほ、居ゐ明あかせば、度たび々たび、歩ありくに、開あけぬべき景け色しきを、珍めづらかに思おもひて、「いみじき御み門かどを、今こ宵よひ、らいさうと、開あけ広ひげて」と、聞きこえ言ごちて、味あぢ気き無なく、暁あかつきにぞ、鎖さすなる。如何いかが、憎にくき。親おや、添そひぬるは、猶なほこそ有あれ。増まして、真まことならぬは、「如何いかにに、思おもふらむ」とさへ慎つつましうて、兄人せうとの家いへなども、実げに、聞きくには、然さぞ、有あらむ。
夜中よなか、暁あかつきとも無なく、門かど、いと、心こころ賢かしこくも無なく、何なにの宮みや、内う裏ち辺わたりの殿とのばらなる人ひと々びとの、出いで合あひなどして、格かう子しなども、上あげながら、冬ふゆの夜よを、居ゐ明あかして、人ひとの出いでぬる後のちも、見み出いだしたるこそ、をかしけれ。有あり明あけなどは、増まして、いと、をかし。笛ふえなど、吹ふきて、出いでぬるを、我われは、急いそぎても寝ねられず、人ひとの上うへなども言いひ、歌うたなど、語かたり聞きくままに、寝ね入いりぬるこそ、をかしけれ。