『或る所に、中の君とかや言ひける人の許に、公達には有らねども、其の心、甚く好きたる者に、言はれ、心馳せなど有る人の、九月ばかりに、行きて、有明の月の、いみじう照りて、面白きに、(男)「名残、思ひ出でられむ」と、言の葉を尽くして、言へるに、(女)「今は、往ぬらむ」と、遠く見送る程に、えも言はず、艶なる程なり。出づる様に見せて、立ち帰り、立蔀、合ひたる陰の方に、添ひ立ちて、(男)「猶、行き遣らぬ様も、言ひ知らせむ」と思ふに、(女)「有明の月の有りつつも」と、打ち言ひて、差しのぞきたる髪の、頭にも、寄り来ず、五寸ばかり避かりて、火、燈したる様なる月の光、催されて、驚かさるる心地しければ、やをら、立ち出でにけり』とこそ、語りしか。