恥づかしき物、
男の心の中。寝聡き、夜居の僧。密か盗人の、然るべき隅に隠れ居て、如何に見るらむを、誰かは知らむ。懐に、物、引き入るる人も、有るらむかし。其れは、同じ心に、をかしとや思うらむ。
夜居の僧は、いと恥づかしき者なり。若き人の集まりては、人の上を、言ひ笑ひ、謗り憎みもするを、熱々と、聞き集むる心の中も、恥づかし。「あな、うたて、囂し」など、御前近き人々の、物、気色言ふを、聞き入れず、言ひ言ひての果ては、打ち解けて寝ぬる後も、恥づかし。
男は、「うたて、思ふ様ならず、もどかしう、心付無き事、有り」と見れど、差し向かひたる人を、賺し頼むるこそ、恥づかしけれ。増して、情け有り、好ましき人に、知られたるなどは、疎かなりと思ふべくも、持て成さずかし。心の中にのみも有らず。又、皆、此が事は、彼に語り、彼が事は、此に言ひ聞かすべかンめるを、(男)「我が事をば知らで、斯く語るをば、(女)「こよなきなンめり」と、思ひやすらむ」と思ふこそ、恥づかしけれ。(女)「いで、あはれ、又、会はじ」と思ふ人に会へば、(男)「心も、無き者なンめり」と見えて、恥づかしくも有らぬ物ぞかし。
いみじく哀れに、心苦し気に、見捨て難き事などを、些か、何事とも思はぬも、(清少納言)「如何なる心ぞ」とこそ、あさましけれ。さすがに、人の上をば避難き、物を、いと良く言ふよ。殊に、頼もしき人も無き宮仕への人などを語らひて、従にも有らず、成りたる有様などをも、知らで、止みぬるよ。