「頭の弁の御許より」とて、主殿司、絵など様なる物を、白き色紙に包みて、梅の花の、いみじく咲きたるに付けて、持て来たる。「絵にや、有らん」と、急ぎ、取り入れて、見れば、餅餤と言ふ物を、二つ並べて、包みたるなりけり。添へたる立文に、解文の様に書きて、
「進上、餅餤、一包、例に依りて進上、如件。少納言殿に」
とて、月日書きて、
「任那成行」
とて、奥に、
「此の男は、自ら参らむとするを、昼は、容貌、悪ろしとて、参らぬなり」
と、いみじく、をかし気に、書き給ひたり。
御前に参りて、御覧ぜさすれば、(中宮定子)「めでたくも、書かれたるかな。をかしうしたり」など、誉めさせ給ひて、御文は、取らせ給ひつ。(清少納言)「返り事は、如何すべからむ。此の餅餤、持て来るには、物などや取らすらむ。知りたる人もがな」と言ふを、聞こし召して、(中宮定子)「惟仲が声、しつる。呼びて、問へ」と宣はすれば、端に出でて、(清少納言)「左大弁に、物聞こえむ」と、候して、言はすれば、いと良く、麗しうて、来たり。(清少納言)「有らず。私事なり。若し、此の弁、少納言などの許に、斯かる物、持て来たる下部などには、することや有る」と問へば、(惟仲)「然る事も、侍らず。唯、留めて食ひ侍る。何しに、問はせ給ふ。若し、上官の中にて、得させ給へるか」と言へば、(清少納言)「如何は」と、答ふ。唯、返しを、いみじう赤き薄様に、
(清少納言)「自ら、持て来ぬ下部は、いと、戻道なり、となむ見ゆる」
とて、めでたき紅梅に付けて、奉るを、即ち、御座しまして、(行成)「下部、候ふ」と宣へば、出でたるに、(藤原行成)「然様の物ぞ、歌詠みして、致せ給へると、思ひつるに、美々しくも、言ひたりつるかな。女、少し、「我は」と思ひたるは、歌詠みがましくぞ有る。然らぬこそ、語らひ良けれ。麻呂などに、然る事、言はむ人は、却りて、無心ならむかし」と宣ふ。(清少納言)「則光、なりやすなど、笑ひて、止みにし事※87,89」を、殿の前に、人々、いと多かりけるに、語り申し給ひければ、「(藤原道隆)『いと良く、言ひたる』となむ、宣はせし」と、人の、語りし。此こそ、見苦しき我誉めどもなりかし。